| 縁結び…出雲大社結婚式 |
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オオクニヌシノカミは、生きとし生けるものに生きる力を与える「母なる大地」的な神であるところから「縁結びの神」と讃えられています。
むかしから大地が秘めている生成の力を「ムスビ」という言葉であらわし「産霊」という文字をこれにあてています。この神がこうしたムスビの霊威をあらわされるが故に、生きとし生けるものが栄える「えにし」を結んでいただけるのである。
オオクニヌシノカミほど多くの苦難を克服された神はない。人生は七転び八起きと言うけれども、この神の御一生は、それに似た受難の連続であったが、常に和議・誠意・愛情・反省によって、神がらを切磋修錬され、その難儀からよみがえられたのである。あの福々しい笑顔は、こうした修行によって得られたところのものなのである。
生み生かされた人生を、たくさんの人びとと心と心とを互に睦び合いながら、幸福にすごさせていただくために、オオクニヌシノカミが身を以て示された道を「神習う道」として、笑顔をもって明るく、強く歩みつづけてください。
→出雲大社教 →出雲大社結婚式
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| 出雲大社半世紀ぶりの遷宮(産経新聞2005.10.7)より |
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前回の屋根替えから半世紀が過ぎ。外観から痛みがわかるほど進んでいることから、改修することになった。平成20年春に御神体をうつし、国宝・本殿の大修理に着手する。完成には数年かかる見通しで、昭和28年以来、半世紀ぶりの大事業となる。
平安時代、「雲に分け入る千木…」と高さ十六丈(48m)もの壮大さが歌われた本殿。延享元年(1744)に造営された現在の国宝・本殿の高さは半分になったというが、伊勢神宮(三重県)の「神明造り」、住吉大社(大阪府)の「住吉造り」とともに日本の三大神社建築様式を伝える。
檜皮葺の屋根は厚さが1m以上。全国のヒノキの立木から皮をはいで集めなければならない。本殿の他、八足門や神々の宿になる東・西十九社などの重文の建築物も修理させるというから、数万枚もの驚くほどの量の檜皮が必要だ。
五年前の巨大柱出土時にも多くの研究者が訪れたが、再び、出雲大社が脚光を浴びることになる。
→出雲大社遷宮詳細
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| 出雲大社参拝の手引 →出雲大社参拝(ハイビジョン撮影映像) |
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| 鳥居の向こうへ |
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鳥居の向こう側は、神の空間。鳥居はその入口だ。くぐる前に、まず、自らの衣服を整えて軽く一揖(会釈)し、気持ちを引き締める。参拝は、すでにここから始まっている。
参道は人の通り道である以前に、神が祭礼のときに神輿に乗ってお通りになる道だ。神への敬意を込めて、参道の中央ではなく端のほうを歩くようにしたい。この場合、右側、左側、どちらを歩かねばならないという決まりはない。参道は、ゆったりと歩を進めるのがいい。心が鎮まり、穏やかな気持ちになり、拝礼への心の準備ができるだろう。
また、ゆっくり歩くことで、参道や境内にある多くの木が見られるはずだ。長い年月を経た巨木、古木は、それだけで見る者に安堵感と敬意を抱かせる。なかでも、注連縄(しめなわ)が張ってあるものは、神社がその木を神聖な木、神の依代としていることを示している。種類としては榊、杉などが代表的だが、松、桂などを神木とする神社もある。
境内には絵馬を奉納する絵馬掛け所がある。そこでは、庶民のつつましい願い事を受け止め、敬愛を集めてきた神社の長い歴史を感じることができるだろう。→出雲大社摂末社 |
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| 手水舍 |
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神社の参道を進んでいくと、境内の入り口に手水舎がある。ここは俗界の穢れを落とすところで、いつも清浄な水が水盤にたたえられている。
ここに備えられている柄杓で心身を清め、清浄な身体で神の前に立つための場所なのだ。
古い神社の場合、多くが清流のそば、もしくは湧き水の出る場所にあった。昔は禊をを行い心身を清めたが、現代ではそれが難しくなってきたため、手水舎はその代わりとも考えられる。
手水舎での清めには、きちんとした作法がある。その方法を解説しよう。→出雲大社参拝詳細 |
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| 鈴の音で神を呼ぶ |
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拝殿の正面に立つと、多くの場合、賓銭箱が置かれ、その真上には鈴が吊るされている。神社によって多少の差異があり、鈴の代わりに鰐口が吊るされていることもあるが、晴々しい音を奉納して邪気を払い、神を呼ぶという意図に変わりはない。
鈴、または鈴の音に魔除けの霊力があるという考えは、古来世界各地に見られ、日本でも鈴を身に付けた男性や巫女の埴輪が古墳から多く出土している。しかし、神社で鈴を鳴らすようになったのは比較的新しく、中世以降というのが定説である。
鈴には布を編んでつくられた長い紐がつけられていて、これを引いて鈴を鳴らす。紐の引き方、鈴の鳴らし方に特別の作法はないが、神の座す空間を前にしているのだという心構えで鳴らしたい。ちなみに、この紐は一般的には鈴緒というが、「願いが叶う」という意味を込めて「叶緒」と呼ばれることもある。
次に、捧げものとして賓銭を婁銭箱に入れる。硬貨を投げ入れる際に大きな音を立てたほうがよいとする俗説もあるが、これにも特別の作法はない。
古くは神前に米を撒く、米を紙に包んで奉納するという風習があったが、貨幣が流通するようになってからは、米から金銭に代わった。いまでも硬貨を紙に包んで「おひねり」の形にして投げ入れる人がいるが、これは米を奉納していた時代のなごりだといわれる。 |
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| 二拝、四柏子、一拝 |
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頭を下げて、おじぎをする「拝」は、古今では生活のなかでも、感謝や敬意を表す行為として一般に行われているが、そもそもは敬虔な気持ちを表わす自然な作法のひとつであった。
柏手を打つことは、すぐれた行為を称えるときにする「拍手」にも通じるもので、神前で打つ柏手は、神に捧げる感謝の心の表れといわれる。
神社での参拝の作法は、二拝二柏手一拝が一般的であるが、出雲大社では、二拝四柏手一拝で拝礼を行います。
また、参拝の前に修祓を受ける場合もある。修祓は、身を清めるお祓いである。頭を下げ、静かに受けよう。 |