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出雲大社拝殿
 昭和28年、本殿の遷宮(修理)の年に焼失し、34年5月に竣功(設計は神社建築学の権威、福山敏男博士。総費用1億1千万円)しました。参拝の仕方は、賽銭をあげて二拝四拍手一拝を行います(一般の神社は二拍手で、宇佐八幡宮が四拍、伊勢神宮は八拍です)。よく四回手を合わせるから「しあわせ」とも言われますが…確かにゴロがいいですね。
 また、建物自体は、正面から本殿が見えるよう拝殿の位置を左にずらして建てられています。そして、お気付きでしょうか?長さ8m、重さ1500kgの大しめ縄ですが、そのしめ縄の掛け方が数字の横一のように掛けてあり、一般の神社と逆向きなのです。ここでまた千家尊統公の著書『出雲大社』からその理由を引用しましょう。
 大社を参拝した人は誰もこれをいぶかるのであるが、このように他社とまったく異なっているわが出雲大社のシメの掛け方を、一般に祭式専門家たちは不可解とし、ことさらに出雲は異をたてているという。しかし私は、大社ではこうした正反対のシメの掛け方をするにはそれたけの理由があることだと思っている。ではその理由とするのは何であるのか。
 申すまでもなく出雲大社の御本殿は南面しておりその左右両側瑞垣内に東西に摂社が三社あり(略)。御向社の祭神スセリ姫命は祭神大国王神の嫡后神てあられ、筑紫社の祭神タギリ姫命はわが神話伝承では、天照大神とスサノオノ命との間に誓をなさるときに生まれた神であり、天前社の祭神キサガイ姫とウムギ姫とは 大国王神が兄の八十神たちから受けた危機を救われた神である。
 この三社は当世風に順序つければ御向社を第一とし、ついで筑紫社、天前社という順になるであろうが、大社の古記録、たとえば宝冶2年(1248年)造営時の「杵築大社御正殿日記目録」を見ると、三摂社の順序は筑紫社、御向社、雨崎社(今日いう天前社)となつており、元禄の頃の大社の上官位草目清の「自清公随筆」にも筑弊社、御向杜、天前社となっている。こうして御本殿の向かって左、大社でいえば西方の筑紫社が、常に第一位に置かれているのである。社殿の基礎工事や建築を見ても、筑紫社のそれは他の二社のそれと異なり一段と丁重であることは、大社の職員も気づいてかって私に質問したこともある
 また前記佐草自清は古くからの社家にしてその上大社の生んた学者の一人であるが、その「自清公随筆」によるに、大社御本殿内に神鍔を奉る順序を(略)示している。すなわち左右の上下は、向かって左を上位としていることを知るのである。また、栗田寛博士の「神祇志料附考」には、これまた国造家出身の学者たる千家俊信のはなしにもとづき、作成したという大社内陣の図を掲載している。これによっても尊貴第一の神たる天御中主神をもって向かって左に配していることを知るのであって、一般神社とは正反対に、向かっで左を向かって右よりも上位としていることがわかるのである。このようなわけで大社のシメの掛け方も、社殿の上位すなわち向かって右に注連の嫡始を置くのとは反対に、向かって左を上位とするがために、シメの絢始は向かって左に置くこととしているのてある。
…文千家尊統