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国宝「秋野鹿蒔絵手箱」

鎌倉時代(縦22.8×横29.7×高16.0 出雲大社蔵)鹿の遊ぶ山野の情景などを描く。槍の地に約300個の螺細を使用した日本製の優品。

重要文化財「後醍醐天皇宝剣代綸旨(御親筆)」

元弘三(1333)年三月十七日、伯耆国(鳥取県西部)船上山から三種神器の一つである天叢雲剣の代わりとして出雲大社の神剣二振りのうち一振りを差し出すように命じられた綸旨です。宸筆(直筆)です。

御櫛笥

金梨地に大社神紋の亀甲に有字紋を蒔絵した化粧道具。寛文7年(1667) 年御遷宮の時に将軍家綱が寄付したもの。

大掛盤と供饌器

大掛盤は供饌器を供える台で、古来御遷宮毎に調整され、これは、慶長(1609)年の御造営の時に調整したもの供饌器はすべて火によって調理された熟饌であって、これは御飯や料理をささげたものである。

赤糸威肩白鎧

総高66.7cm 兜鉢高21.8×前後径22.4cm 大袖高44.3cm 室町時代 重要文化財
室町幕府6代将軍足利義教が着用した鎧で、1467年(応仁1)の仮遷宮のとき、8代将軍足利義政が奉納した。室町中期の鎧は違例が少ないが、保存状態がよく、美しさとともに資料としても貴重とされる。

神火の鑚り出し

熊野大社の鑚火殿で、神火を切り出しているところ。

火燧臼(ひきりうす)・火燧杵(ひきりきね)

大社では古伝新嘗祭をはじめ諸祭典には、火燧臼・火燧杵によって鑚り出した神火を以って神饌を調理し、宮司以下すべての神官もこの火により潔斎する。火燧臼は檜の板、長さ95センチ、幅12センチ、厚さ3センチ。杵は卯木、長さ82センチほどの細い棒である。臼の上に杵の一端をあてて、錐をもむように摩擦すれば、間もなく清浄な火を待られる。伊勢の神宮では轆轤を使うが、大社の発火法は最も古い様式を今に伝えているとして、知られている。

琴板と撥

琴板は長さ71センチ、幅22センチ、高さ10.3センチの箱状、裏面に穴があいている。撥は長さ65センチの柳の枝。宮司の百番の舞のときに撥で琴板をたたいて打ちならす。楽器の原始形を伝えている。

願開舟(がんびらきぶね)

土佐国の志和九郎左衛門が出雲大社に祈願して病気平癒した。それに感謝して小さな木舟に寛永通宝15枚を初穂として入れ、「出雲大社様」と別して自宅前の小川に流したところ、18カ月後、大社近くの稲佐の浜に漂着したという。庶民の篤実な信仰とともに、御師の活躍も窺わせる信仰講である。

クリス形銅戈

寛文5(1665)年の造営時、摂社命主社から発見された。長さ33.7センチ、茎が短く身に対し斜めに関がある。重要文化財。

勾玉

長さ3.6センチ、厚さ9.9ミリ、半透明濃緑色の硬玉。命主社から出土。穿乳が大きく一方から穿たれ、古代玉作部民の技術をうかがうことができる。重要文化財。

命主社

銅戈と勾玉はこの境内から出土した

後醍醐天皇王道再興綸旨

元弘3年(1333)、天皇親政の再興祈願の文書。

宝冶二年遷宮儀式注進状

宝冶2年(1248)の正殿式造営遷宮の記録文書。

銅製鰐口

慶長14年(1609)、豊臣秀頼が奉納。社殿前に吊るして打鳴らすもの。

紙本金地著色舞楽図

寛文7年(1667)の遷宮の時、御皇室の舞楽図を模写したもの。

鉄砲清尭作

慶長17年(1612)、徳川秀忠の命で御用鍛冶野田清泉尭奉納。現存4挺の1。

杵築大社舞楽用具

寛文7年(1667)の造営遷宮の時に卑興された舞楽の用具一式。

ニ書亀甲剣花菱紋蒔絵文台・硯箱

寛文7年(1667)の造営遷宮の時、徳川家綱が奉納。
その他、出雲大社文書などがある。