| 妖怪はいないという人もいるが、妖怪はいるのだと思わなければいけません。ただ感じにくいかたちをしているので、なかなかつかまえられないだけなんです。
それに、妖怪を感じるか感じないかは、もつて生まれた『妖怪感度』によるんです。それだからこそ、常に妖怪感度を磨いていないと、いけません。
水木サンのように妖怪感度が高くなると、妖怪は人前に姿をみせたがっているのだ、とわかります。
水木サンが妖怪と付き合うようになったのは、境港に住んでいた4、5歳からですから、ざっと80年近くの付き合いになります。
付き合ったというより、水木サンは、妖怪に愛されたといっていいかもしれないな。もしくは、妖怪につかわれているといってもいいかもしれない。
ま、とにかく、小学校に入るまでにはもう、水木サンは40近い、妖怪を知っていました」と水木さんは、ひょろりといってのけた。
水木さんは自分のことを「水木サン」と呼ぶ。水木さんときたら、妖怪である。その故郷・境港が、今、妖怪の町となった。
よく妖怪と幽霊を同じものだと思う人がいるけれど、それはまちがいでね、妖怪ははじめからそこにいるものなんです。あるいは、あるものなんです。
人間の恨みとかねたみとかが原因で現れる陰惨な幽霊と、混同してはいけません。
水木サンは、ベビイのころから、妖怪学校に入り、先生について勉強をしたので、そういうことがわかるんです。
学校の通信簿には、こうしたことは点数に入らなかったので、成績はあまりょくなかったのですが、水木サンは決してなまけものではなく、おもしろいと思う妖怪については一所懸命、勉強してきました。
先生は家に手伝いに来ていた「のんのんばあ」という婆さんでした。
なぜ、のんのんばあというかというと、境港あたりでは、神仏に仕えたりする「拝み手」のことをのんのんさんといっていて、婆さんなら、のんのんばあさん、子どもが呼べばのんのんばあとなるわけです。
のんのんばあという呼び名の通り、その婆さんは人いち倍、信心深かった。そして妖怪世界の隅々まで知っていました。
病気になったときなどに、神様に拝んでくれる「拝み手」のじいさんと結婚していたのだけど、じいさんが死ぬと、ときどき、水木サンのうちに泊まりに来るようになったんです。
今、考えると、のんのんばあは、寂しかったのかもしれんね。泊まるところは、決まってうちの台所でした。
のんのんばあがうちに泊まるときには、水木サンは、のんのんばあの話が聞きたくて、隣に寝たものです。
のんのんばあの話は、こわい。けれど、おもしろい。お化けとか、妖怪の話ばかりするんです。
天井のシミを見つければ、「天井なめ」という妖怪の話をしてくれる。夜、みんなが寝静まった後、天井なめがやってきて、天井をなめてシミをつけるのだと、のんのんばあはいうんです。
で、なるほど、そうかと水木サンは思う。疑う余地はありません。目の前の、台所の天井にシミがあるんだから。そうでしょ。
夜、家がミシミシと鳴ると、のんのんばあは怖い顔をして、それは「家鳴り」だというんです。小鬼のようなものがバタバタと駆け回っているのだと。
海が荒れてゴーゴーという風と波の音が聞こえる日には「海坊主」の話をしてくれる。
例えばこんな風に。
昔、近くに、強い男がおったげな。ある日のこと、町まで用があって出かけたが、帰りは夜になっとつた。ふっと海を見ると、沖のほうに星みたいに光るものがおる。
それは次第に近づいてきた。よく見ると、一つ目の化け物だ。そいつが、海の上をのたり、のたりと歩いてくる。どうなることかと、男が見ているうちに、その化け物が陸に上がってきて、男にもたれかかってきた。
男は化け物に組みついて、押し倒そうとしたんだが、ところがどっこい、体全体がぬるぬるして、つかめない。何べんも何べんも化け物に組みついて、男は疲れはてたんだけど、化け物のほうもだんだん弱ってきた。
そこでもう一押ししてみると、化け物は倒れてしまった。
男は帯をといて、化け物をひっくくると、引きずって家まで帰り、木にくくりつけてそのまま寝てしまったげな。
あくる朝になって、村人がそれを見てびっくりした。けれど、その化け物の名前を知っている人はひとりもおらんかったげな。
ただひとり、90歳ばかりの古老が「これは海坊主というものじゃ、人さえ見ればもたれかかり、体のぬるぬるしたものをなすりつけようとするんじゃ、きっと体がかゆいんだろう」と話したげな。
水木サンは、この話を聞いたとき、海坊主が海の上を歩いてくるのを見たような気持ちになりました。
のんのんばあと歩いているときに、急に晴れた空から雨がふりだせば、必ず『キツネの嫁入り』の話をしてくれました。
でも、水木サンは昔から疑り深いんです。
キツネなんか見たこともないし、だいいちキツネなんて、本当にこのへんにいるのかとも思った。それをのんのんばあに尋ねると、『夜中にいつもコンコンと山で鳴いちょるがな』と、もっともらしくいうわけです。
そこであるとき水木サンは、キツネが鳴いているときに、起こしてくれとたのみました。
それから何日かして、『キツネだ! キツネの声だー ! 』 と、のんのんばあに夜中に起こされた。
耳をすましてみると……コーン、コーン。かすかに向こうの山からキツネの声が聞こえてきた。やっぱり、のんのんばあのいうことは本当なんですよ。
ベビイだった水木サンのために、のんのんばあは、キツネの声が聞こえるまで、何日も毎夜、耳をすましてくれたんです。のんのんばあにはそういうところがありました。
子どもとおとなと区別せず、キツネがいることを水木サンに教えようと、夜中まで起きてくれていたんです。
いろんな妖怪の話をしてくれました。「サザエオニ」「川赤子」「野寺坊」「白うねり」「あかなめ」「猪又」…。
のんのんばあによれば、いたるところに妖怪がいるということでした。
日本古来の、普通の人が信仰していた世界を、のんのんばあは人より強く感じていたんだろうと思います。そういうわけで……水木サンもそうなったわけです。
それにしても、水木さんの話を聞けば聞くほど、境港という町が水木しげるロードができたから妖怪の町になったというわけではなく、もとから妖怪を呼び寄せる場所であったような気がしてくる。
境港は妖怪がいたるところに、うじやうじや住みついていた場所で、それを信じている人がたくさんいて、だからこそ、水木少年がのびのび妖怪学の勉強に励めたのではないか、と。
境港は、筆でサッとはいたように海に突き出た弓ヶ浜の先端に位置する港町である。
東は美保湾に、西は中海に、北は境水道を隔てて、島根県松江市に、南は米子市と接している。
弓ヶ浜は、流砂が堆積して形成された砂洲で、伯耆富士と呼ばれて親しまれる大山をバックに、ゆるやかなカーブを描く海岸線は「日本の白砂青松百選」や「日本の渚百選」に選ばれているほど美しい。
奈良時代に記された出雲風土記にこんな弓ヶ浜の逸話も残っている。
今は昔、八束水臣津野命(やつかみずおみづぬのみこと)が国づくりをした際、出雲国は小さすぎると、新羅、越などから国を引っ張ってきて縫い合わせたという。その時、引き綱をつないだくいは三瓶山と大山であり、そして引き綱として用いたのが、出雲国の長浜と弓ヶ浜(夜見島)だという。
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