| 司会……
それでは再確認したしますが、第一主体100個、第四主体200個というたくさんの土器をどういう具合に使ったのでしょうか。
渡辺……
これもまた難しい問題ですが、午前中も言いましたように、
土器は基本的に壷と、それをのせる器台のセットになっています。
ただの壷ではなくて、その壷が台の上にのせられているということです。
これは地元山陰の土器も、吉備の土器も丹後方面の土器も同じでして、
すべての土器が、いかにも儀式に使うべく、用意されているというふうに思えるのです。
では、どんな儀式かということですが、近藤先生も先ほどおっしゃいましたように、
たぶん飲み食いしたのではないかという気がいたします。
壷の中には、明らかに後から孔を開けて使えなくしているようなものがありまして、
おそらく儀式が終了した後で、この土器はもう使わない使うべきでない、
こっそり家に持って帰るなんてことしちゃいけない、
そういう土器だということで、孔を開けて機能を失わせるということも行われたらしいのです。
……そのへんはむしろ近藤先生がお得意な所ではないかと……(笑い)。
司会……
近藤先生、先ほど講演の中でおっしゃった、共飲共食儀礼のことについてお話いただけませんか。
近藤……
西谷三号墓では、全部あわせると300個体の土器が出てるんですね。
そのうちかなりの多くが、壷の系統、もう一つは器台の系統です。
先ほど私は壷には酒を入れたに違いないと申しました。
山陰の人は昔から酒が好きで、100もの壷に酒を入れて並べてお祀りした。
吉備の方も負けてなくて、各地とも酒飲みばかりだったのでしょう。(笑い)
私は、壷に飯を入れたり水を入れたりしたものではないと思います。
お祀りするのに、水飲んでするバカはいません。
お祀りの時はそれは、どんなに下戸でも、酒飲んだ振りして酔っ払った振りするものです。
しかも、亡くなった首長の霊魂を、誰かが引き継がなくてはいけない。
亡くなった首長はその集団の中心の存在として、対外交渉もやるし、争いの指揮もとる、
それから、農耕の季節の移り変わりに際していろいろな指示もする。
とにかく集団の中心なんです。
だから、特別な力を持っていると、当時は思われていたわけです。
それが、後になると固定されてしまいますけど、
弥生時代というのは、まだおそらく固定されてない段階だと思いますけども……
そういう首長が亡くなると後継ぎが当然出て来ますけど、
ただ単に、おまえが後継ぎになれというのではなくて、
その後継ぎは、亡くなった首長の力を引き継がなくてはならない、
つまり、霊力を霊魂の力を引き継がなくてはならない。
そのための儀式が、先ほどから申してますように、一緒に酒を飲むんです。
場合によっては飯も食う、今でもそういう儀式はあちらこちらで、形を変えて残っていますね。
そのために器台を作り、そして壷の中に酒を入れて壷を器台の上にのせると、酒が神聖な酒になってしまう。
その酒を首長の霊前、埋めてからか埋める前かよくわかりませんけど、おそらく埋める前でしょう。
あるいは半分くらい榔をつくって……棺を入れてからかもしれませんけど。
そこで盛大な祀りをやって、首長の霊魂を次の首長が村人と一緒に、その力を受け取る儀式なのです。
それを我々は、共飲共食の儀式と考えているわけです。
それを、側面から強調してるのが赤い朱です。
これは、世界共通の現象でありまして、
赤い色というのは生命の復活、それから霊魂の力を高めると、
ほとんどすべての地球上の人類は、かなり早くからこうした考えを持っています。
おそらく血液、人間の命を支えているのは血液です。
血液がどっと流れるとたいてい死んでしまいます。
それと赤という色の持つ力が同じものか、
あるいは同じ物とはいえないかもしれませんけども、非常に類した物だという……そういう観念のもとに、
朱が亡くなった首長の霊魂の力を高めていくわけです。
まず復活させて高めていくわけです。
そしてその前で酒を飲む、高められた霊魂を引き継ぐという儀式に、朱は大きな力を発揮した。
だから西谷3号墓では、10キログラムほどの膨大な量の朱が使われている。
普通の墓だったら、朱があってもひとつまみです。
西谷の大首長は、10キログラムもの朱をおくられて、
おそらく中小の首長があっちこっちから集めてきたか、
あるいは大陸からもたらされたかもしれませんね。
そういう朱によって、西谷の亡くなった首長の霊魂の力はますます大きくなって、
それを新しい首長が引き継ぐ、そういう事であります。
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