| 天蓋はまた一名降居とも称して、山勧請、綱貫、御綱祭と共に、神楽式の中でも最も重要にして、慎重細心の注意をはらって行うべき神事式である。
従って神事の最中に曳綱のもつれるようなことがあれば、凶年と云い博へられ不吉とされる。
その故に天蓋曳きの役は重役とされ熟練の祭員がこれに当るのである。
又天蓋を遊ばすためには、奏楽にかかわることが大きい。
いくら天蓋を上手に曳かうとしても、太鼓の調子がこれに伴わなければ曳けないものである。
双方両者の呼吸が一体となってこそ、神が遊んでいるように見えるのである。
天蓋は古来夜食前後に行われる。
天明元年の矢上の役指帳には、降居・祝詞・中之舞・鈴合と続き、天保十年の井沢の役指帳では、折居・祝詞・鈴合と、安政6年の下市木の役指帳には、折居・祝詞・中之舞・鈴合と、文久元年の三原の役指帳には、天蓋・御座・太祝詞と、明治5年の布施の役指帳には、降居・祝詞・鈴合と、大正11年の市山の役指帳には、夜食・天蓋・鈴合と、以上のように子刻を過ぎて、丑満時に行われる。
現在は九ヶの天蓋を三人で曳くが、大正初年頃までは13ヶの天蓋を一人で曳いていた例は、大正11年の市山の神楽で谷住郷村の教職中村武一郎が居る。
この他天明元年の矢上の神楽に松島山城守が、安政三年の同じく矢上で、斎木但馬守が一人で曳いている。
人で曳いた例は、文久元年の三原の神楽で三浦主計と村穂求馬とが、天保拾年の矢上の神楽で高子土佐守と近重某が曳いたことが役指帳に見えている。
さて天蓋行事はおかぐらの囃しで、注連主を中にして其の両脇に1人宛祭貞舞殿に向って着座すると、支取3人出でて天蓋綱を柱より解きて渡す。
この時再拝拍手して受取り、渡せば支取りも同じく再拝拍手して退下する。
ここで一旦太鼓は打ち切る。
ややありて太鼓は、スットコトコトコ、トコトコトン、トコ、スッテコ、スッテン、スッテンテンの調子に変ると共に太鼓方より次の掛歌を出す。
降り給へ、降りの御座には、綾をはへ、錦を並べ、御座とふませうや (第一歌)
幣立つる、ここも高天の、原なれば、集り給へ、四方の神々 (第二歌)
大元の、神のゆくへは、左四つ、右九つで、中は十六 (第三歌)
太鼓の掛歌が始まると天蓋の綱を静かにゆるめて下す所作に移る。
太鼓方の掛歌の上句と取りて、曳手は下の句を付ける。
次太鼓方と曳手と再度下の句を唱和する。
かくすること第二歌第三歌とも同じであるが第二歌から第三歌に移るにしたがい漸次太鼓の調子を早めると曳綱の上下も次第に早めて、天蓋は上下ならず左右にも少しは飛ぶ位に操作する。
第三歌の下旬を唱和する頃には、しづかに上下のみして歌が終ると太鼓も打切とする。
次に太鼓方より
謹話東方より掛け奉る社壇には
これに答へて東方の天蓋の綱を緩めながら
謹話東方句々奴智命の社あらはす
と返し乍ら天蓋を二、三回上下させて、然る後雲竹に曳き上る。
このような操作を西方、南方、北方、中央と順次繰返し行う。
西方は金山彦命、南方は迦久土命、北方は水波乃売命であるが、中央の万蓋の場合は、注連主は四方の天蓋の操作の場合よりも、一段と声をはり上げて慎重に扱かわなければならない。
太鼓方の唱言を受けてへ
中央黄龍王埴安比売命の社あらはす、と答えながら二三回上下の後、雲竹の音のする位やや強く曳き上げるのである。
以上終ると次は天蓋を遊す操作に移る。
掛歌は次のようなものを歌う。
あらうれし、あらよろこばし、これやこの、舞い奉る、栄えましませ (第四歌)
東青、南は赤く、西白に、北黒中は、黄なりとぞ云う (第五歌)
天蓋の 緑の糸を 引く時は とけよやほどけ、結ばれぬ糸 (第六歌)
みさき山、下りつ登りつ、石ずりに 袴が破れて、着替へ給はれ (第七歌)
静かまれ、静かまれよと、池の水 波なき池に、おしどりぞ住む (第八歌)
太鼓は第四歌から第五歌に移く頃から次第に調子を早めて行く。
第六歌に移ると上下曳きから前後左右に曳くのであるが、四方の天蓋と中央の万蓋は始終反対の操作をすることが肝要である。
そして左右の曳手は各々四本宛持綱があるので、この綱を二本々々、又は三本一本に分けて曳かなければ美事な曳方は出来ない。
最も華やかに曳けるのは中央の万蓋である。
曳綱が一本であるから両手で操作出来るので上下前後左右に遠くまで飛ばすことが出来る。
ここで最も注意を要することは他の綱ともつれぬように曳くことである。
いくら上手に曳いていても一旦縛れると終りである。
縺れた時は、太鼓方は第六歌を繰返し歌い太鼓の調子も一時落すことである。
そして二人して縺れた場合は、一方は綱を小細工せずに居ることである。
縺らかした方の曳手の綱をしづかに元に巻き戻すような操作をしたら大抵の場合経れは解けるものである。
縺れた綱の解けた場合の、これを見ていた人々の安堵は言葉にあらわせない歓喜と讃嘆である。
縺れがとけると今一度みさき山の神歌で、前にも増して遊ばすことが出来るもので、まさしく神の遊行飛翔せるが如き一瞬時を見ることが出来る。
みさき山の歌を終へると太鼓の調子を静めて、第八歌を歌う。「波なき池におしどりぞ住む」ですべての天蓋を引上げて終る。
支取出でて綱を引取る前に再拝拍手し、綱を渡すと注連主以下再拝拍手して退下する。
太鼓はおかぐらを打って終る。
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