| 事件発生は6月24日早朝、東京国鉄蒲田操車場内の殺人現場からはじまる。
振殺、年令は50〜60ぐらい、容易に被害者の身許が割れず、捜査は難航をきわめた。
警視庁刑事・今西栄太郎46才(丹波哲郎)蒲田署刑事・吉村正27才(森田健作)らの必死の聞き込みによって同夜、蒲貯駅前のトリスパーでガイシャと酒を呑んていた男が浮び上った。
バーのホステスの証言で二人の間に、強い東北なまりで交されていた「カメダ」という言葉が注目された。
カメダ…亀田…人の姓、の連想から東北各県より洗い出された亀田姓64名の捜査は徒労に終った。
しかし今西の「秋田県亀田」という土地名の発見が事件解決への一縷の望みをつないだ。
真夏の東北線「羽後亀田」に飛んだ今西と吉村は日本海に臨む山の迫った田舎町て、照りつける太陽と蝉時雨の中を歩き回った末、空しく帰京した。
今西のメモに書かれた排句 北の旅 海藍色に夏盛り
8月4日、捜査本部は解散した。
みじめな敗北だった。
その夜、中央線塩山付近の上り夜行列車から一人の美しい女が、白い紙吹雪を窓外に散らしていた。
その女、理恵子(島田陽子)を『紙吹雪の女』と題したロマンチックな付文て紹介した新聞記事を見て、吉村は銀座のクラブに彼女を訪ねた。
女は顔色を変え席を立ち姿を消したが、そこで吉村は東北線の車中て人目をひいた和賀英良(加藤剛)に出会った。
和賀英良。──日本の音楽界が最も期待する現代音楽作曲家。
この秋、ニューヨークのフィルハーモニーに招聘がきまり、目下、交響楽「宿命」の創作に取り組み、音楽マスコミの話題を一手に集めている男で、許婚者は前大蔵大臣令嬢の田所佐知子(山口栗林)と噂されている。
8月9日。突然、被害者の息子が警視庁に現われた。
被害者は岡山県江見町の三木謙一。
6月10日、気楽な一人旅に出、琴平、京都、奈良を廻ってお伊勢詣りをした後、消息を絶ってしまったという。
三木氏は岡山生れで、、若いころ警察官で一時島根県で巡査をしていた以外は一度も県外に住んだことはなく、東北弁のカメダとも関係ないことが分った。
今西の執念が事態を変えた。
国立国語研究所から、東北弁と類似の音韻分布が、島根県出雲地方に見られ、その中に「亀嵩」(カメダケ) という地名が、さらに、故三木氏がそこを中心に20年間、巡査をしていたことも……。
今西は勇躍、木次線亀嵩へ、「紙吹雪の女」に執着する吉村は中央線塩山へ。
三木は立派な警官だった。親友の桐原老人の記憶からなにかを探り出そうとあせる今西。
しかし被害者が殺される動機らしいものは老人の口からも出てこない。
一方、山梨県塩山付近の線路ぞいを猟犬のように這い廻った吉村は「紙吹雪」を数片集めた。
それは布切れであり、そこに検出された血液反応はO型であり、三木謙一のOMラージQとピッタリと一致した。
そのころ小田急柿生の粗末なアパートで、高木理恵子は愛人の和賀英良の子を身ごもり「生みたい」気持を英良から冷たく拒絶される。
英良は田所佐知子との婚約によって上流社会へのパスポートを手にするために、理恵子との永い関係を断つことを真剣に考えていた。
今西はさらに、休暇を利用して念願の伊勢へ行った。
被害者が最後の消息を家族に手紙した町。そしてなぜ帰宅の予定を変えて東京へ向ったのか。
この町で何が起ったのか。
被害者が泊った扇屋旅館での聞さ込みで、ひかり座という映画館へ三木氏が二日続けて足を運んだことが分った。
その映画館で今西は重大なヒントを得た。
本庁に戻った今西に亀嵩の桐原老人から長文の報告書が届いていた。
その中て三木巡査が、あわれな乞食の父子の世話をして、その子を引取ってわが子のように養育したというくだりが特に目をひいた。
今西の思念は駈けめぐる。石川県の片田舎を追われ、流浪の旅の末、山陰亀嵩で三木巡査に育てられ、昭和19年に失踪した本浦秀夫と、大阪市浪速区の和賀自転車店の小僧で、戦災死した店主夫婦の戸籍を戦後のどさくさに作り直し、和賀英良を名乗り成人した、あの白哲の天才音楽家のプロフィルが、あざやかにダブルイメージとして焼きついた。
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