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雲南市観光 ─松本清張・砂の器のロケ地をたずねて─

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解説
 
「砂の器」の映画化が企画され、脚本の第一稿が出来てから14年の歳月が流れた。

その間、何回となく噂に上り、実現に近づさながら、なぜかその都度挫折した。

日本の推理文学に独自の境地を拓いた松本清張の初期作品の中で、最高峰に位置する長篇傑作である「砂の器」は、後から発表された清張ものが続々映画化されるにも拘わらず、登攣を拒む処女峰のごとく「幻の企画」として雲上にそびえ立つ観があった。

しかし14年前はじめてこの不踏峰に挑んだスタッフ、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督によって「砂の器」製作が遂に決定した。

慎重な計画と周到な準備に半年を費し、本年2月19日本州最北端の青森県竜飛岬て感激のクランクインを果した。

長篇原作の緻密な内容と地域的な拡がりに省略を許さない推理の糸がからむ興味深々の物語を徹底的に分析し、映画的に練り上げた名脚本によって、監督は「張込み」「影の車」をはじめ清張文学演出の第一人者野村芳太郎。

撮影は野村演出には欠かせない名手川又昂。

音楽監督に芥川也寸志が当り、特に第二部宿命の全篇に流れる交響曲「オーケストラとピアノのための『宿命』」は菅野光亮が新たに作曲し、東京交響楽団フルメンバー(百余名)の演奏という圧巻である。

撮影は厳冬の津軽海峡、信州路の春、深緑の北関東、山陰の盛夏、そして秋の紅葉まで日本列島の四季を縦断して、追う者─追われる者のスピーディな推理とサスペンス、ダイナミックな音楽、そして人間の宿命を浮さ彫りする重厚な画調が象徴的なまでに哀しく美しい。

物語は、迷宮入りと思われた殺人事件を捜査する二人の刑事が、東奔西走苦心さんたんの末その犯人に肉迫した時、いま正に栄光の階段を上りつめようとする天才音楽家の数奇な生い立ち、暗い宿命を負った秘密につき当る。

宿命とは人がこの世に生れ出て自分自身の責任に帰さない運命(さだめ)である。

天才はそのために罪を犯し、華やかな脚光を浴びつつ、得意の絶頂で劇的な破局を迎える。

法の名においてこの男を裁くことは出来よう。

しかし命の恩人すら殺害しなければならない宿命の哀しさ、深さ、強さ、おそろしさに誰もが共通の傷みを覚えるであろう。

その天才音楽家和賀に加藤剛、二人の刑事に丹波哲郎、森田健作を配し、和賀を取巻く二人の女に島田陽子、山口果林その他の主要キャストに緒形拳、加藤嘉、佐分利信、渥美清と適役を揃えている。

なお、第二部宿命は演奏会場、警視庁の捜査会議及び回想シーンが同時進行する野心的な技法が採用され、野村監督は『第二部のすべてが長いワンカットと考えている』と満々たる意欲に燃えている。

 
スタッフ
原作:松本清張 
脚本:橋本忍 山田洋次
監督:野村芳太郎
音楽監督:芥川也寸志
作曲:菅野光亮
演奏・特別出演:東京交響楽団
撮影:川又昂
美術:森田郷平
録音:山本忠彦
調音:松本隆司
照明:小林松太郎
編集:太田和夫
助監督:熊谷勲
進行:長島勇治
製作主任:吉岡博史
スチル:金田正
製作宣伝:船橋悟
 
キャスト
 
今西栄太郎警部補:丹波哲郎
和賀英良:加藤剛
高木理恵子:島田陽子
本浦千代吉:加藤嘉
本浦秀夫(少年期):春田和秀
三木謙一:緒形拳
三木彰吉:松山省二
田所佐知子:山口果林
三木の元同僚・安本:花沢徳衛
警視庁捜査一課長:内藤武敏
黒崎警視庁捜査一課捜査三係長:稲葉義男
捜査本部刑事:丹古母鬼馬二
三森署署長:松本克平 
亀田署員:山谷初男
村の巡査:浜村純
毎朝新聞記者・松崎:穂積隆信
国立国語研究所員・桑原:信欣三
理恵子の勤めるクラブ「ボヌール」の同僚・明子:夏純子
理恵子の勤めるクラブ「ボヌール」のママ:村松英子
理恵子の住むアパート「若葉荘」住人:野村昭子
伊勢の旅館「扇屋」主人:瀬良明
伊勢の旅館「扇屋」女中:春川ますみ
伊勢の映画館「ひかり座」事務員:田辺和佳子
千代吉を知る縁者:菅井きん
桐原小十郎:笠智衆
通天閣前の商店街の飲食店組合長:殿山泰司
吉村弘刑事:森田健作
伊勢の映画館「ひかり座」支配人:渥美清 (友情出演)
田所重喜:佐分利信(特別出演)
 
物 語
 
第一部 紙吹雪の女
 
事件発生は6月24日早朝、東京国鉄蒲田操車場内の殺人現場からはじまる。

振殺、年令は50〜60ぐらい、容易に被害者の身許が割れず、捜査は難航をきわめた。

警視庁刑事・今西栄太郎46才(丹波哲郎)蒲田署刑事・吉村正27才(森田健作)らの必死の聞き込みによって同夜、蒲貯駅前のトリスパーでガイシャと酒を呑んていた男が浮び上った。

バーのホステスの証言で二人の間に、強い東北なまりで交されていた「カメダ」という言葉が注目された。

カメダ…亀田…人の姓、の連想から東北各県より洗い出された亀田姓64名の捜査は徒労に終った。

しかし今西の「秋田県亀田」という土地名の発見が事件解決への一縷の望みをつないだ。

真夏の東北線「羽後亀田」に飛んだ今西と吉村は日本海に臨む山の迫った田舎町て、照りつける太陽と蝉時雨の中を歩き回った末、空しく帰京した。

今西のメモに書かれた排句  北の旅 海藍色に夏盛り 

8月4日、捜査本部は解散した。

みじめな敗北だった。

その夜、中央線塩山付近の上り夜行列車から一人の美しい女が、白い紙吹雪を窓外に散らしていた。

その女、理恵子(島田陽子)を『紙吹雪の女』と題したロマンチックな付文て紹介した新聞記事を見て、吉村は銀座のクラブに彼女を訪ねた。

女は顔色を変え席を立ち姿を消したが、そこで吉村は東北線の車中て人目をひいた和賀英良(加藤剛)に出会った。

和賀英良。──日本の音楽界が最も期待する現代音楽作曲家

この秋、ニューヨークのフィルハーモニーに招聘がきまり、目下、交響楽「宿命」の創作に取り組み、音楽マスコミの話題を一手に集めている男で、許婚者は前大蔵大臣令嬢の田所佐知子(山口栗林)と噂されている。

8月9日。突然、被害者の息子が警視庁に現われた。

被害者は岡山県江見町の三木謙一。

6月10日、気楽な一人旅に出、琴平、京都、奈良を廻ってお伊勢詣りをした後、消息を絶ってしまったという。

三木氏は岡山生れで、、若いころ警察官で一時島根県で巡査をしていた以外は一度も県外に住んだことはなく、東北弁のカメダとも関係ないことが分った。

今西の執念が事態を変えた。

国立国語研究所から、東北弁と類似の音韻分布が、島根県出雲地方に見られ、その中に「亀嵩」(カメダケ) という地名が、さらに、故三木氏がそこを中心に20年間、巡査をしていたことも……。

今西は勇躍、木次線亀嵩へ、「紙吹雪の女」に執着する吉村は中央線塩山へ。

三木は立派な警官だった。親友の桐原老人の記憶からなにかを探り出そうとあせる今西。

しかし被害者が殺される動機らしいものは老人の口からも出てこない。

一方、山梨県塩山付近の線路ぞいを猟犬のように這い廻った吉村は「紙吹雪」を数片集めた。

それは布切れであり、そこに検出された血液反応はO型であり、三木謙一のOMラージQとピッタリと一致した。

そのころ小田急柿生の粗末なアパートで、高木理恵子は愛人の和賀英良の子を身ごもり「生みたい」気持を英良から冷たく拒絶される。

英良は田所佐知子との婚約によって上流社会へのパスポートを手にするために、理恵子との永い関係を断つことを真剣に考えていた。

今西はさらに、休暇を利用して念願の伊勢へ行った。

被害者が最後の消息を家族に手紙した町。そしてなぜ帰宅の予定を変えて東京へ向ったのか。

この町で何が起ったのか。

被害者が泊った扇屋旅館での聞さ込みで、ひかり座という映画館へ三木氏が二日続けて足を運んだことが分った。

その映画館で今西は重大なヒントを得た。

本庁に戻った今西に亀嵩の桐原老人から長文の報告書が届いていた。

その中て三木巡査が、あわれな乞食の父子の世話をして、その子を引取ってわが子のように養育したというくだりが特に目をひいた。

今西の思念は駈けめぐる。石川県の片田舎を追われ、流浪の旅の末、山陰亀嵩で三木巡査に育てられ、昭和19年に失踪した本浦秀夫と、大阪市浪速区の和賀自転車店の小僧で、戦災死した店主夫婦の戸籍を戦後のどさくさに作り直し、和賀英良を名乗り成人した、あの白哲の天才音楽家のプロフィルが、あざやかにダブルイメージとして焼きついた。

 
第二部 宿  命 
 

和賀英良の新作ピアノ協奏曲「宿命」の大演奏会の当日が来た。

そのころ警視庁の捜査会議の席上で今西と吉村が和賀英良の出生から現在までの全生涯のネガティブであった部分を余すところなく反転して報告していた。

【捜査報告場面】

被害者:三木謙一は、なぜ伊勢から東京行を思い立ったか。

それは映画館に飾ってあった一葉の写真がヒントだった。

【演奏会場場面】

和賀が演奏会控室で将来の岳父、田所前大臣から花束を受けている。

【捜査報告場面】

犯行の際、和賀が着ていたスポーツシャツを処分した「紙吹雪の女」高木理恵子の足取りと流産による突然の死について吉村が物証と共に説明を加える。

【回想場面】

理恵子の死後、彼女のアパートに現われた和賀英良を目撃した吉村。

和賀が本件容疑者として、はじめて具体的に浮び上った瞬間てある。

理恵子の死が和賀の完全犯罪を狂わせたプロセスが鮮やかに再現される。

【捜査報告場面】

和賀英良の真の出生、披こそ本浦秀夫であり、和賀英良なる人物は彼の創作であることが二通の戸籍謄本て証明された。

【演奏会場場面】

大ホールの満員の聴衆を前に和賀が楓爽と登場する。

舞台いっぱいの大管絃楽団の中央に白いピアノ。

その鍵盤を叩く和賀、そして決然と右手を上げる。

荘重にオーケストラが鳴り出す。

【回想場面】

病む父と幼い秀夫の貧しい巡礼姿。

降るような蝉時雨の中に故郷を追われて流浪の旅へ。(荘重な「宿命」の序曲)

雪の平原を行く親と子。

桜が満開の山里を行く巡礼、新緑の村を追われる二人。

【演奏会場場面】

ピアノを叩く和賀。

「宿命」はなぜか力強く雄渾に盛り上る。

ピアノから離れた和賀がオーケストラを指揮し始める。

【回想場面】

山陰の夏、親子は亀嵩に現われ、三木巡査にめぐり逢う。

親切な三木巡査は秀夫の父親を隔離し岡山の国立療養所に送り、秀夫は三木夫婦が引取って育てることにした。

この宿命の親子の別れ、そして秀夫の失踪は哀切そのものである。

【演奏会場場面】

静かな主旋律のソロに入り、指揮をしている和賀は唇を岐みしめて、何かを耐えている表情。

【捜査報告場面】

捜査会議は更に進む。失踪した秀夫は大阪の和賀自転車店の店員から苦学して東京に出て、芸術大学の鳥丸教授にその天分を見い出され今日を或した経路の説明を終る。

次いで驚くべさ事実を発表する。

【回想場面】

本浦千代吉、つまり和賀の実の父親が生さている──瀬戸内海の国立療養所光風園に老残の身を横たえているのだ。

【演奏会場場面】

「宿命」は激しく、強く、怒涛のように大ホールに共鳴する。

和賀が憑かれたように指拝棒を奮う。

その頬をつたう涙。

【捜査報告場面】

完壁な捜査経過と余りにも数奇な事実に、捜査会議は強い感動と深い沈黙に包まれる。

【演奏会場場面】

「宿命」は終章のクライマックスヘ。

再びピアノを叩く和賀。

逮捕状を持った今西、吉村の両刑事が演奏会場の扉を押し開く。

そのとき長い余韻を引いて曲が終った。

爆発する拍手の中て自失したように舞台上に佇むむ和賀英良。  (終)

砂の器ロケ地を訪ねて
 
生まれてきたのも宿命なら、生きで行くことも宿命である。

ハンセン病に冒され、ために家庭は崩壊、故郷さえ追われねばならない父と子。

行くあてのない、巡礼の旅を重ねる。

新進作曲家、和賀英良(加藤剛)。

農林大臣・田所重喜(佐分利信)の支援を得、一人娘との婚約も整う。

世界に飛び立とうとする和賀にとって、別れた父への愛や悲惨な過去を断ち切らねばならない。

戸籍を手に入れ、殺人をも。

ついには自らの手で宿命の幕を下ろすことになる。

人間の醜さと愚かさ、浅はかさと脆(もろさ)が、彼のひと寄せで壊れる「砂の器」で見事に表現される。

 
事件は、島根県仁多郡仁多町、三森署亀嵩(かめだけ)駐在所の元巡査だった三木謙一(緒形拳)が、旅先の伊勢の映画館で和賀の写真を見つけることから始まる。
 
懐かしさから、予定を変更して上京した三木は、和賀の手にかかり国鉄清田操車場で顔をめった打ちにされて殺される。

「カメダは変わらない」。

被害者のズーズー弁を頼りに、警視庁蒲田署の今西栄太郎刑事(丹波哲郎)が、東北弁と共通する出雲弁を発見。

三木の身元が判明し、無類の世話好きだった三木の真の姿が。

巡礼のハンセン病患者、本浦千代吉(加藤嘉)が亀嵩で病院に収容。

子どもは三木に引き取られるが、間もなく出奔する。

松本清張の原作では、和賀は三木殺害を勘づき始めた友人や、親友の愛人・三浦恵美子(島田陽子)を、超音波発振器で殺す。

また巡礼シーンに季節感はない。

映画では、殺人でなく事故に。

巡礼の背景に日本の四季を織りまぜた。

この辺りの設定について、病床に伏す名匠・野村芳太郎に代わって、マスコミの応対に追われるカメラマンの川又昂宅一)はこう答える。

清張さんの原作では、千代吉父子は発病後、遍路姿で流浪の旅を続けた、と二行しか書かれていない。

野村監督は、日本の四季をすべて入れたい、と言う。

脚本の橋本忍や私たちスタッフも大変だったが、原作者がどう反応するか心配でした。

が、清張は原作からの遊離を嫌がるどころか、

「映画と文学は違う。小説ではここまで措けない。すごい」と絶賛した。

「激しい絵がほしい」。

川又は野村監督の意にこたえるべく、一月、青森県竜飛岬へ。

クライマックスの巡礼父子を、怒とうのがけっぶちに歩ませる。

裾(すそ)は千切れ飛び、父子の手をも引き離そうとする。

冬。

春は桜でなく、ほのかな赤を求めてアンズを配した。

新緑は、川又の出身地で、子ども心にあった水戸で撮影した。

「竜飛では子役の春田和秀君が泣いてね。裸足にワラジ。私にはなついてくれ、プラモデルを買ってなだめたんです」と川又。

交響曲「宿命」(芥川也寸志作曲)の和賀の演奏、巡礼シーンとの三本がけ。

半年がかりの撮影だった。

真冬の青森・竜飛岬ロケを振り出しに、初春の長野、新緑の北茨城、紅葉の阿寒湖など全国津々浦々を走破。

スタッフ、キャストが移動した距離はおよそ2万7千キロといわれる。

 

その中でいちばん長く滞在し、数かずの名場面が撮影されたのが出雲。

現在のJP木次線の中心駅となっている木次をベースに亀嵩周辺の様ざまな場所が使われた。

三木謙一の過去を調べに出雲へと旅だった今西刑事と同じ足跡を訪ねてみる。

 
写真は島根県雲南市大東町下久野(陸橋と場所は地図から探索してください。)
 
今西刑事は特急列車に長時間揺られ山陰・出雲路へと出た。

いまなら羽田から、JASのジェットで出雲空港までわずか1時間10分である。

空港最寄り駅が今西刑事が木次線に乗り替えた宍道(しんじ)。そこから木次まで50分。

撮影のあった74年夏、スタッフや俳優は仁多町や木次町の旅館に宿泊した。

仁多町三成の曽田旅館は、31年創業の老舗(しにせ)。

毎年8月にある同町の伝統行事、愛宕祭の日に、マイクロバスで俳優やスタッフがやって来て3泊した。

貸し切りになった6畳5室と8畳3室、4畳半は風情の残る和室。

主人の曽田貞夫さん(68)と妻久子さん(68)は、サインの色紙を事にした人をスタッフに取り次ぐため、玄関と部屋を何往復もした。

ハンセン病患者の父親役だった加藤嘉さんは「庶民的で誰とでも気さくに話していました」。

加藤さんはメークのため朝4時に起こされていた。

加藤さんの隣に寝ていた巡査役の緒形拳さんは

「加藤さんはやっと起きあがっても、ヨロヨロして僕の上に転ぶんです。寝てられないでしょ。一緒に起きてメークさんの助手をやりました。切ったストッキングを首や手にはり付けて、その上から粘土や油やチーズを付けると、しわだらけの皮膚のように見えるんです。これを毎日やっていました」と振り返る。

映画では本物の皮膚に見え、久子さんは驚いたという。

 

JR木次駅近くの旅館天野館も、野村芳太郎監督や俳優が投宿。

明治時代からの風格ある木造建築だ。

 

4代目主人天野吉郎さん(74)は「調理材料の調達に大忙しで、俳優さんと話す機会はなかったねえ」。

別館10畳間の和室を加藤暮さん、緒形挙さん、4畳半の茶室を野村監督が使った。

同じ部屋での宿泊を希望する観光客が、今も訪れる

旅館にはシナリオや約160ページの台本、サインが残る。

池に鯉(こい)が泳ぐ日本庭園や和室は、当時のままだ。

通りを挟んで向かいの別邸二階の奥の部屋に案内された。

 
 

「ここは緒形拳さんが泊まっていた部屋です。丹波さんは一階の奥の部屋で、野村監督は離れの茶室で過ごされましたね」と

ご主人の天野吾郎さんの粋な計らいに感激する。

別邸の玄関には最近書家としてもすっかり有名になった緒形拳の《千客万来》の額が飾られている。

 
 
ロケ探訪の探訪の最初は、三木謙一巡査のいた、派出所のセットが作られた下久野・団原地区。
 

下久野・段原周辺では秀夫少年が川のほとりで「砂の器」を作る場面と、具合の悪くなった父・千代吉が石灯籠に倒れ込む場面も撮影されている。

2つの場面は久野川大橋の真下の堰堤と大橋脇で撮影された。

 

石燈籠は(金毘羅大権現)の石堂で、撮影後2度ほど道路拡張工事に引っかかり.移転を余儀なくされたとか。

現在はちょっとした公園のようにきれいに整備された道路脇の一区画に移されている。

 
 

大東町下久野は奥出雲の山あいにある。

流浪の旅を続ける父子の世話をした三木謙一巡査(緒形挙)の亀嵩駐在所のロケがここであった。

 
件曲家・和賀英良となる少年・本浦秀夫が、ハンセン病に冒され荷馬車に揺られ、診療所に向かう父・本浦千代吉と無言の別れを向かえたあの木橋のある場所だ。
 

駐在所は上組地区の藤原義範さん(77)宅車庫。

「撮影の2年ほど前から下見に来ていたようで、駐在所に使わせてほしいと依頼がありました」。

大工が入り口を改造、机やカーテンを配して駐在所に仕立てた。

藤原さんが3日間の隠岐旅行から戻ると、半分が出来上がっていた。

 
ハンセン病の父、本浦千代告が荷馬車に乗せられ、療養所へ向かうシーンに使われた。
 

藤原さんは麦わら帽子をかぶった農夫役で出演。

駐在所を飛び出した少年の居場所を三木巡査に聞かれ「知らない」と首を振る。

3回撮り直した。

ロケが始まると、見物人が詰めかけた。

緒形さんはサインをせがむ人から逃げて、藤原さん宅のテレビの下に隠れていた。

「子役の男の子は何度も同じ場所を走らされて可哀想だった。もう一度度会ってみたい」

駐在所は取り壊され、道路になっている。

ぞの横でヒマワリがひっそりと咲いていた。

駐在所前に架かる木造の井谷橋も撮影から2年後の76年3月、コンクリートに。

 
撮影に使われた「三森警察亀嵩駐在所」の看板を、藤原さんが大切に保管していた。
  

かつてロケのあった、数少ない証しである。

ちなみに橋の名は「井谷橋」という。

 

下久野をあとにして、いよいよ「亀嵩駅」に向かう。

じつは、映画に登場する「亀嵩駅」は二つの駅から成っている。

いずれも木次線の沿線駅なのだが、当の亀嵩駅は使われていない。

 
本浦親子と今西刑事が駅前を通り過ぎる場面で二度映し出される駅舎は八川(やかわ)駅で、本浦親子の別れに出てくるホームは出雲八代駅。
 

最初に出雲八代駅へ行く。

木次駅から16キロほどの距離。

あのとき秀夫少年がホームに向かって走ってくる方向はほぼ直線になっていて、カメラを狙うには絶好の駅である。

ただし、あのとき挿入されていたトンネルから出てくる列車の、そのトンネルはどこにも見当たらない。

 

岡山県の国立療養所に送られるハンセン病の父、本浦千代吉を追いかけて主人公の少年、秀夫が線路上を走り、父子が抱き合う。

別れのシーンは感動的だ。

JR木次線出雲八代駅(仁多町馬馳)で撮影された。

 

駅舎は32年の建設。

ひさしと窓以外は当時のままだ。

駅近くでタクシー業を営む錦織宏さん(70)は82年、仁多町から委託されて駅長を兼ねる。

撮影時は大騒ぎになったという。

「2階の窓からのぞいている人が、撮影スタッフに『映ってしまいますから、窓を閉めて下に降りて見てください』と怒られていましたよ」

駅長役は駅近くに住む山本信夫さん(72)。

当時は木次町職員だった。

「いい役だったので、みんなにうらやましがられました。完成した映画には泣かされ、感激させられた。参加したことはとても良い思い出です」

駅前の江角旅館2階で当時、記者会見が開かれた。

主人の江角英夫さん(74)は「人がたくさん来てにぎやかでした、当時は複線だった駅も今は単線です」。妻隆子さん(70)が布団を干していると、ホームから「布団を取ってください」と注意された。カメラに入ってしまうからのようだった。「すぐに布団をしまいました」

映画を見たファンが今でも全国から訪れる。

昭和初期の面影が残る駅舎は、鉄道ファンにむ人気が高い。

 
 

今西刑事(丹波哲郎)は、殺人事件の被害者、三木巡査(緒形拳)の過去を追う。

三森署で当時の周僚から話を聞く。

47年に完成した木造2階建て三成署(仁多町)の外観が撮影に。

84年に新築・移転し、現在は駐車場だ。

 

今西が小型四輪駆動車で通過するシーンの亀嵩駅は、JR木次線八川駅(横田町)で撮影した。

『亀嵩駅』の正面という設定でここに撮影されたワケは駅舎周辺を見て納得した。

駅前の広場というか、ちょっとしたロータリーが他の駅に比べ広い。

ここななら警察ジープがすべり込んでくる場面、本浦親子がヨロヨロしながら通りすぎる場面など様ざまなポジションから狙える。

 

撮影に使い易い駅舎正面だ。

34年開業で、昭和初期の面影を残す。

親許で「八川そば」を経営する中津恵吉さん(68)は「駅舎はほとんど変わっていません。昔風の駅舎が亀嵩駅の雰囲気に合ったのでしょう」。

実際の亀嵩駅舎内には撮影前年、出雲の手打ちぞば屋「扇屋」が開店。

ロケには使われなかったが、駅の看板は撮影で使われたものだ。

 
 

木次線・亀嵩駅は湯野神社からほど近い。

この駅でなぜ撮影が行われなかったのか…訪ねてみてよ〜く分かる。

亀嵩駅は出雲の手打ちそば屋「扇屋」でもあるからだ。

駅の出改札口、待合室はちゃんとあるのだが、その隣というか駅舎大半が奥出雲名物のそば屋になっている。

駅長の杠(ゆずりは)隆吉さんはそば屋のご主人でもある。

駅舎がそば屋に衣替えしたのは昭和48年。

映画『砂の器』撮影直前にそば屋になってしまった。

これではどうガンバってみても、映画ロケには不向きである。

 
 

仁多町亀嵩の総光寺。

流浪の旅を続ける父子が雨宿りをするシーンで寺門が使われた。

94年に建て替えられたが、風情のあるたたずまいは当時をしのばせる。

亀嵩の湯野神社は、通報を受けた三木巡査(緒形拳)が石段を駆け上がり、父子と対面するシーンで登場。

石段横に「砂の器舞台之地 松本清張」と刻まれた記念碑がある。

83年、町のシンボルにと、亀嵩そろばんの若槻慎治氏(65)らが寄付を募り、約600万円で建立。

除幕式には原作者の松本清張、丹波哲郎、緒形拳の各氏も出席。

撮影から10年を経て、出演者が亀嵩で再会した。

かねてから清張氏との深かった若槻氏が揮毫(きごう)を依頼。

快く引き受けてくれたが、その後が大変だった。

記念碑の石探しに雪の日も奔走。

「クレーンで上げるまで良しあしが分からず、苦労しました」

彫る段になって、清張氏が「取材旅行で行った中国で良い石碑を見た。碑の名前の部分を書き換えたい」と連絡。

「松本清張」の部分を急きょ書き換えた。

昨年4月、記念碑近くに亀嵩温泉「玉峰山荘」がオープンした。

今年6月には利用者が20万人を突破。

県外からも多くの観光客が訪れる。

「砂の器」の舞台だから、という人も少なくなくない。

観光客から「散策に良い場所はないですか」と尋ねられると、従業員は「砂の器」の舞台を薦める。

撮影は28年前の8月末。あちこちに「砂の器」の息吹が感じられる亀嵩はいま、セミ時雨に包まれている。

 
 
昔からの良さ印象に残った
 
亀嵩を舞台にした名作「砂の器」。

ロケ地探訪を終えて、最終回は地道な捜査で事件の真相にたどりついた今西栄太郎刑事役の俳優丹波哲郎さん(80)に、撮影当時の思い出を聞いた。

今西刑事は三木巡査(緒形拳)の過去をさかのぽって、亀嵩へ小型四輪駆動車で入ります。

「撮影は真夏の暑い日だったね。ジープでは方々回った。それこそ、本当にわらぷき屋根の家や田んぼが見える風景で、良かったねえ。僕の役を、緒形君が『やりたい』なんて言ってたんだよ」

一宿泊した旅館には丹波さんのサインや当時のシナリオなどが残っています。

「泊まった旅館はどちらも非常に情緒があった。畳の部屋でね。ちょうどお祭りの日で、遅くまでにぎやかだった。広い露天風呂があった方の旅館は混浴で、庭も良かった。蚊帳をつってもらい、めったにお目にかかれず珍しくて、その思いやりがうれしかった。印象に残るようにしてくれたんじゃないか、なんて思ったりしてね」

亀嵩駅で父子が別れるシーンは感動的ですね。

「駅は古いと言っちゃあ失礼だけど、昔ながらで珍しい情緒のある駅だった。別れのシーンは私は出ていないが、後で映画で見て、とても感動した。子役の男の子は今どうしているんだろう。少し前にも仲間内で話題になって、いろいろ聞いたけど結局分からなかった。続けていれば、とてもいい俳優になっているんじゃないかと思ってね」

亀嵩の印象はどうでしたか。

「砂の器以外の仕事でも、亀嵩には3回ほど行っています。昔からの良さが印象に残っていて、思い出もあります。また機会があったら行ってみたい」

テキストは、朝日新聞「映画 砂の器ロケ地探訪=2002.8.20〜8.27」と、ビッグコミック「映画を旅する」より編集させていただきました。